京都地方裁判所舞鶴支部 昭和24年(ワ)29号 判決
原告 江上寅吉
被告 福田浩蔵 外一名
一、主 文
被告両名は原告に対し各自金十五万円及びこれに対する昭和二十五年一月七日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求は棄却する。
訴訟費用はこれを二分しその一を原告の負担とし、その余を被告両名の平等負担とする。
この判決は原告において金五万円の担保を供託するときは、勝訴の部分に限り被告両名に対し仮にこれを執行することができる。
二、事 実
原告代理人は各被告は原告に対し金七拾八万八千六百九拾六円及びこれに対する昭和二十五年一月七日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は各被告の負担とする。との判決並に仮執行の宣言を求め、その請求の原因として大要左の通り述べた。
即ち原告は昭和二十四年六月三日当時雑役工として勤務していた舞鶴市字和田三百五十二番地所在の有限会社和田造船所において作業中木材が倒れて右足関節部に重傷を負つたので直に同市字溝尻所在被告舞鶴市経営の舞鶴市民病院に入院してその外科医長であつた医師被告福田浩蔵(以下単に被告医師と略称する。)の診断を受けたところ右創傷はその上部から切断除去しなければ生命の保証はできないとのことであつたので、同日午後五時頃被告医師から右脚下腿中央部において切断手術を受けた。(以下これを単に第一の切断と略称する。)ところがその後の症状は被告医師の診療が疎略怠慢で放任状態にあつたため右手術後益々悪化の途を辿り、「ガスエソ菌」の存在を疑わしめる症状にありながら被告医師の適切な診療を得られないため同年六月七日の夜には原告は最早不安に堪えられなくなつたので転院を決意して、その翌八日午前二時半頃同院を退院し直に国立舞鶴病院に入院し早速同院渡辺外科医長等の診断を乞うたがその結果は、右切断創から「ウエルヒ、フレンケル氏ガスエソ菌」を証明し再切断を行う外ないことが判明し更に被告医師の怠慢により右菌の発見が遅れ不当に病熱が昂進していたためやむを得ず右脚大腿高位即ち大転子から十五糎の箇所より切断の手術を受けた。(以下これを単に第二の切断と略称する。)右創傷は同年八月中旬漸く治癒したが原告はこれがため後記の通り有形無形の甚大な損害を蒙つた。この被害は要するに被告医師の次に述べるような不法行為に基因するものである。即ち本件被告医師の立場にあつて医療にあたる医師としてはその症状に鑑み切断手術及びその後の病態に周到な留意を払い適時応変の診療を施し病勢の拡大、余病の併発等を未然に発見防止すべき注意義務があること勿論であるが、にもかゝわらず被告医師は故意又は不注意によつて右義務を懈怠し、
(1) 昭和二十四年六月三日の第一切断の際原告の本件の如き負傷にあつては時に「ガスエソ菌」が侵入していることもあり得るのであるからその切断端は縫合せずに解放的に処置するのが医学上の原則であるのに、これを全部縫合して創液潴留を防ぐための排液管の挿入その他何等の方法を講ぜず、(2) 昭和二十四年六月三日午後五時(第一の切断終了時)から同月七日午前十時までの八十七時間原告の症状はその患部に腫ができて漸次拡張し体温上昇し激痛甚だしく病勢益々悪転するので、何回となく被告医師の来診方を申出たが右の間に一度の診察をもしないで漫然原告を放置し、(3) 昭和二十四年六月六日原告の右脚には発赤進行し前記の症状から観てその頃既に「ガスエソ菌」が存在する疑があつたのであるから被告医師はレントゲン其の他の方法により厳密なる検診を行い診断確立に努めその対症療法を講ずるべきであるのに、かつ又第一の切断後原告等が数回に亘り特に右検診方を依頼したのに原告の在院中全然レントゲンによる検診を為さずそのため「ガスエソ菌」の存在を看過し、(4) 「ペニシリン」については又右在院中合計僅々五十万単位内(二十万単位は不明確)より使用せずその他投薬及び処置療法が適切でなかつたのであつて、これ等の事実が原因して必然的に原告の病症を重大化させ、ために第二の切断を惹起させたことによるのである。
従つて被告医師はこのことによつて蒙つた原告の損害につき賠償の責を負わなければならない。
さて原告は現在義足で辛じて歩行が可能な程度で到底労働に堪えないのであるが本件被告医師の不法行為がなければ軽度の第一切断で止まり得たものと謂うべく従つて爾後義足の使用によつて支障なく従前同様の労働能力を保持することができたのである。そうすれば原告は本件事故の当時五十七才の健康な男子であるからなお六十四才までは何等かの作業に稼働し得べく従つてその間一般標準賃金相当額の労務所得はこれを得られた筈であるといわなければならない。原告の右賃金は前記和田造船所から一日平均金百六十二円四十四銭を支給されていた点緊急失業対策法に基いて交付される賃金額は舞鶴地域において軽作業は一日最高金百八十七円最低金百二十四円である点に鑑み、それは一日平均百六十二円とするを妥当と考える。それ故原告は働くことのできなくなつた昭和二十四年八月一日から同三十一年十二月三十一日までの二千七百八日間に得べかりし賃金所得合計金四十三万八千六百九十六円を喪失した勘定であり同額の損害を蒙つたことになる。又原告は右不法行為の結果として第二の切断により著しく身体の自由を失い精神上甚大な苦痛を蒙つたのであるが、原告は高等小学校卒業後明治大学自治科及び財団法人社会政策学院を卒業し大正四年三月より同十一年十月まで中舞鶴町役場に戸籍係として勤続しその後大阪市役所に勤務したが、昭和十七年四月その所有の舞鶴市字長浜所在の宅地田畑七反九畝八歩山林六反六畝四歩が海軍用地として強制買上げとなり耕地全部を失うに至つたので、同十八年五月七日以来前記和田造船所に勤務したものであり、原告の長男真策は京都帝国大学農林科を卒業して目下農林省に、次男正は福知山高等商業学校卒業後農林省所轄東舞鶴の役所に各勤務し三男四男は夫々高等学校中学校に在学中であるから、前記被害の評価額は右原告の教養、信用地位その他の事情を参酌して金三十五万円を以て適正なものと考える。
次に被告舞鶴市は前記舞鶴市民病院を経営し被告医師はその外科医長として雇われていたものであるが、本件不法行為は被告医師が同病院の医師としてその事業の執行である診療行為について原告に加害したものに外ならないから、被告医師の使用者として右損害を賠償する義務を有する。
よつて両被告に対し前記得べかりし賃金所得の合計額と精神上の被害換算額との総計金七十八万八千六百九十六円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和二十五年一月七日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払を求めるため本訴請求に及んだものである。と述べ、被告の後記抗争する事実に対しその主張の通り原告が災害補償金を受領した点は認めると陳述した。<立証省略>
被告両名訴訟代理人は原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする。との判決並に担保を条件とする仮執行免脱の宣言を求め、答弁として述べたところは要するに、原告の主張事実中その主張の日当時雑役工として勤務していた原告がその主張のような経緯でその主張する病院に入院し同日午後五時頃同院外科医長であつた被告医師から所謂第一の切断を受けたこと、その際被告医師は右切断端を全部縫合してその主張のような排液の方法を講じなかつたこと、その主張の日原告の右脚に緩慢ながら発赤が進行していたこと、原告の在院中レントゲン検診を行わず又「ペニシリン」の使用量が合計五十万単位であること、原告がその主張する日時主張の病院え転院して受診の結果「ガスエソ菌」を検出するに至り所謂第二の切断を受けたこと及び被告舞鶴市はその事業として舞鶴市民病院を経営し被告医師を同病院外科医長として診療に従事させていたことはいずれもこれを認めるがその他は不知又は否認する。被告医師は要すればその症状に応じ臨機通常医師としてとるべき診療行為は万全に尽したのであつて、普通の経過を辿れば原告は第一の切断当時治癒したのである。本件病状は予期に反して悪化したが、それは原告の体質上抵抗力の微弱によるかその菌の悪性によるか、その他分明でないがとにかく最早人力を以て如何とも為し得ない玄妙な自然の現象であるといわねばならない。たゞこの場合医師は出来るだけの可能な処置をとれば足りるのであり被告医師は次のようにその症状に適応した処置を尽したのであるから処置として十分である。
即ち被告医師は(一)六月三日手術の際切断層完全縫合の措置をとつたが当時の症状から見て「ガスエソ菌」の存在を予見することは不可能な状態にあつたから処置としては相当でありその際「ビタミンカンフル」六本「ボスミン」一本「ペニシリン」計三十万単位「リンゲル」「ブドー糖」BC等を注射して万全を期し、(二)六月四日回診したところ腫れがあり体温も高かつたがこれは手術後起る通常の現象であり、脈博七五で一般状態は良好であつた。この日「ペニシリン」十万単位を注射した。(三)六月五日は日曜であり被告医師は当直であつたが、当直看護婦から何等の連絡もなかつたので異状はないものと考え(異状があれば連絡することになつている)診察はしなかつたが看護婦において「ホモズルフアミン」二ccを注射した。(四)六月六日午後二時頃回診したところ局所切断端が腫脹し発赤は内側腓腸筋上部に及んでおり、疼痛を訴え発熱があつたので拔糸をなしたが一般状態は悪化していなかつた。同日午後五時頃更に回診の上切開したところ少し膿汁の分泌があつたが悪臭及び水泡の圧出を認めなかつた。右分泌物について染色の方法による検鏡検査をしたところ桿菌は発見されなかつた。しかし緩慢ながら発赤が進行しているのを認めたのでその日膝関節の上部に赤チンキを以て線を引き、看護婦に対しこの線を急速に超すことがあれば報告せよと命じ「ペニシリン」十万単位を注射せしめ原告の妻に対しても此の線を超えて発赤が進行する場合は再切断をしなければならぬことを申しておいた。(五)六月七日午前七時半頃山口看護婦から病状には変化なく発赤部も赤チンキの線に達せぬこと及び体温三八度脈博八〇である旨報告があつたので病状も最早や悪化せぬものと思われた。出勤後部下の宇都宮医員に診察を命じておいたところ同医員は同日午後五時頃繃帶を交換した上「ホモズルフアミン」二cc「ブドー糖」三〇%二〇ccの動脈注射を為し体温三八・三度、脈八〇、腫脹あり発赤も緩慢ながら上昇し赤チンキの線に達したと報告をした。そこで被告医師は「ガスエソ菌」の疑を深め、八日に再切断すべきことを決意し同夜十時頃看護婦に命じて「ホモズルフアミン」二ccの注射を為さしめ「ペロナール」〇・五「ブレラン」〇・五一を投薬したのである。ところが原告は六月八日午前一、二時頃宿直医員の制止をも聞き容れず一方的に退院し重症を押して自動車で国立舞鶴病院に転じたものである。以上の次第で第二の切断は原告の当時の容態からして避けられない措置ではあるが左様に然らしめた病勢の進行は右の意味において被告医師の責任に帰することは出来ない。
次に被告舞鶴市は被告医師に不法行為がない以上何等の賠償責任がない。又仮に以上の主張が認められないとしても、(1) 被告舞鶴市については被告医師をその経験手腕閲歴識見において医師として達識逸材である点から前記市民病院の外科医長兼副院長として任命したのであり、又同院の業務に関しその職員の就業規則を制定する等して被告医師の選任及び右事業の監督につき相当の注意を尽したものであるから同被告に賠償責任はない。(2) 本件事故については原告に既に労働者災害補償保険法による第四級(一下肢を膝関節以上で失つたもの)の災害補償金として金十四万九千四百四十四円八十銭を受領したのでその際損害なきに帰し、本件請求権は消滅したものである。と陳述した。<立証省略>
三、理 由
原告が昭和二十四年六月三日その勤務先である有限会社和田造船所において右足関節部に受傷し、直に舞鶴市民病院に入院して同日午後五時同院外科医長であつた被告医師から前記第一の切断を受けたこと、更に同年同月八日国立舞鶴病院において前記第二の切断を受けたことはいずれも当事者間に争いがないが、原告は第二の切断を余儀なくしたのは第一の切断後被告医師がその故意又は過失によつて医療を疎略にし、又適当な検診を為さず「ガスエソ菌」の存在を看過したために症状が悪化したことによると主張し、被告等はこれを否認するので、以下まづ原告の症状及び診療の経過を調べて見よう。さて被告医師が第一の切断の際その切断端を全部縫合して創液潴留を防ぐため排液管の挿入等の方法を講じなかつたこと、原告の市民病院在院の間レントゲン検診を行わず、又「ペニシリン」の使用量は合計五十万単位(内二十万単位は不明確)であつたこと及び同年六月八日午前一、二時頃原告は国立舞鶴病院え転院し受診の結果「ガスエソ菌」が検出されるに至り当時再切断が不可避であつたことは被告等の認めて争わないところであり、他方証人村田繁雄、同宇都宮貞尚、同江上シナ、同山口ハル、同山田ゑみ子、同岡村サヨ子、同渡辺三喜男、同江上真策並に原告本人及び被告医師の各供述に、成立に争いのない乙第一号証の一、二同じく甲第三号証の各記載を綜合すれば次のように認定される。即ち(一)昭和二十四年六月三日の初診時原告の負傷は不潔な開放性複雑骨折で関節面が露出し軟部組織の挫滅甚だしく被告医師は「ペニシリン」十万単位を施用する等して応急措置をとつた後、同日午後五時頃第一の切断を行つてなお「ペニシリン」二十万単位その他「リンゲル」五〇〇「ビタカンフル」六本等を注射させた。当日右病症の経過に別段の異状を認めなかつた。(二)翌四日昼頃原告の体温は三十九度余に達したが被告医師は十万単位の「ペニシリン」注射を命じたのみで当日診察しなかつた。(三)六月五日患部の繃帶の上部膝関節の下部が旧一銭銅貨大に紫色に変色し高熱を見たが、係看護婦において「ホモズルフアミン」二ccの注射をしたのみであり、被告医師はこの日(日曜日)宿直番であつたが病院へ出勤しなかつた。(四)その翌六日被告医師は午後二時半頃外科医員宇都宮医師と共に手術後初めて回診し、繃帶を解いたところ患部は悪臭はなかつたが腫脹があり発赤が進行していた。被告医師はとりあえず化膿していたところから拔糸してガーゼを取換えたが「ガスエソ」の疑いから、宇都宮医員に命じて膿汁をとり染色試験顕微鏡検査をさせたが、その結果は雑菌の顕出のみで「ガスエソ菌」の証明は出来なかつた。午後五時半頃再び被告医師は同医員を伴つて来診した。その際患部は膿の貯留する傾向があつたのでその下腿五、六糎位を切開した後膝頭から三糎乃至五糎辺の上部に赤チンキを以て線を引き、山口看護婦に対して発赤がこの線を急速に超すことがあつたら報告せよと命じ、又十万単位の「ペニシリン」を注射させた。なお被告医師は同日原告の家族に対し「ガスエソ」の疑いがあつて症状によつては再切断となるかも知れない旨予告した。(五)六月七日発赤の状態はその進行度は遅かつたが、少し右赤チンキ線より上昇したので山口看護婦は同日午前七時過頃被告医師にこの旨復命したが、被告医師は何等の措置に出ず、原告が苦痛のため診察を求めるに及んで漸く午後五時半頃宇都宮医員をして回診させた。この際原告の症状は患部に依然腫脹があり、発赤が前記線上を超して緩慢に進行していたが悪臭はなく「ガス」の発生は判然しなかつた。同医員は普通のようにリバノールガーゼを入れて繃帶し「ホモズルフアミン」二ccと「ブドー糖」三〇%二〇ccの動脈注射をして右の旨被告医師に報告した。そこで同医員は医師としての経験は未だ浅いのであるが略々「ガスエソ」であろうと判断し、被告医師は再切断をやむないと決心した。当日被告医師は自ら診察することなく、同夜は何処かへ外出してその行衛が不明であつた。次いで翌日八日午前二時頃原告は被告の診療振りに不安を感じ危急の病勢であると考えて、前記市民病院を退院し自動車で国立舞鶴病院え転じた。転院の当時原告の症状は体温三十七度八分全身状態は良好であつたが局所の発赤の進行が速くて大腿中央部に達していた。これに対し同院渡辺外科医長は「ペニシリン」を相当多量に使用し、ために発赤部分が褪色し腫脹も引いたようだつたが、他方グラム染色法を用い検鏡したところ「ガスエソ菌」と思はれるものを判定し就中レントゲンで検診した結果は骨の周囲に「ガス」陰影を認めるに至つて「ガスエソ」であることが判明し、同日午後四時第二の切断が行われたことが認められる。以上の認定に反する証人宇都宮貞尚の(一)に関する、同山口ハル同山田ゑみ子及び被告医師本人の(二)に関する、証人村田繁雄及び原告本人の(四)に関する証人村田繁雄、同江上正、同江上真策、同江上シナ及び被告医師本人の(五)に関する各供述はいずれもこれを信用せず、その他右認定を覆すに足る証拠は存しない。
そこで次に被告医師に果して診療上故意過失があつたかどうかの点であるが前記争いのない事実及び右に認定した事実に、鑑定人竹友隆雄の鑑定の結果を参酌すれば、被告医師は昭和二十四年六月三日原告の不潔強度な創傷に対して切断端を全部縫合する方法をとつたのであるから、このような場合は爾後の経過を厳重に監視しなければならないのにかゝわらず右第一の切断以後同年同月六日午後二時半頃の回診時まで約七十時間原告を全然放置して診療せず又右回診に当つて「ガスエソ」の疑いを持つたのであるから、その際は「ガスエソ」の特性に鑑み速に菌の検索のみならず「ガス」発生の有無について患者からの申出があると否とにかゝわらずレントゲン検診を行つて診断の確立を期し、時宜に応じた医療措置を為すべきであるのに、右検診等の処置を為さず同日午後五時半頃漸く患部を切開し僅に十万単位の「ペニシリン」を注射し漫然発赤の拡延状況の監視を命じたのみであり、就中その翌七日朝看護婦より発赤が指示線を超えた旨の報告を受け病勢頓に悪転し、再診断乃至投薬例えば「ペニシリン」の多量使用等何等かの措置を講ずる必要を認められるにかゝわらずこれを打ち棄て、同日午後五時半頃原告が疼痛のため来診を乞うまで放任し、その診療も自らすることなく事務的に、経験浅き前記宇都宮医員をして当らせ、又その結果同医員の報告によつて再切断を要する病症であると断定し、従つて病勢愈々危急の間にあるのにかかわらず病院を退出何処かえ出向いて原告を顧みなかつたものと結論せざるを得ない。
これ等の諸点は即ち被告医師の診療上の注意義務を懈怠した過失であるというべく、このことによつて原告の病勢が異常に進展し重大化したものと考えられる。
原告はこの点に関して被告医師の故意を主張するが、被告医師が再切断を招来するような重患となることについて予見しながら敢てなお右の行為に出たことを認めるに足る証拠は存在しないので右主張は採用することができない。
次にそれならば第二の切断は原告の主張する如く被告医師の以上の過失に基因したものであろうか。原告の負傷が第一の切断によつて治癒せず、更に病勢の進化を見た根本の原因は前認定の如くその残存下肢の切断部に「ガスエソ菌」が潜在していたことにあるのであるが、被告医師が第一の切断の際「ガスエソ菌」の存在を発見しなかつたことについては「ガスエソ菌」が稀にみる病菌であることと、その他前認定の如き手術当時の諸般の状況に鑑み未だ被告医師の責任に帰しがたいところであるから、被告医師の責任は専ら第一の切断以後の処置殊に「ガスエソ菌」に対する処置にあるものと解すべきところ、この点について前記竹友隆雄の鑑定の結果によれば「ガスエソ」は現代の医学上万全の処置を講じても、なお病勢を阻止することのできぬ場合が多く、その際は期を失せず切断すべきものであることが認められるので、そうである以上本件の場合も被告医師が右の如く期を失せず再切断の処置に出たか否かは別として被告医師の前記過失の有無にかかわりなく再切断そのものは避けられなかつたかも知れないと謂うの外なく、その他原告の全立証によるも原告の本件傷創が被告医師の処置如何により再切断を招くことなく第一の切断により治癒し得たと認めるに足る証拠がないから、被告医師の過失により再切断を招いたとする原告の主張は未だ採用しがたい。しかし原告の本訴主張は要するに第二の切断即ち右脚大腿の高位切断に因る損害を主張しているものであるから、かように「高位」の切断を招いたこと即ち「ガスエソ菌」の発見を怠りこれに対する適切な処置をとらなかつたことについての被告医師の過失をも主張しているものと解すべきであるから更にこの点について考えて見る。被告医師が第一の切断以後とつた診療の経過は前認定の通りで、第一の切断後約三日間看護婦の事務的看病に委ね、自ら診察しなかつた態度も、それがよしんば手術後一定時間は処置のしようがないためであつたとしても、常に患者の一般症状を診察し予病の併発その他の異変に備えるべきこと医師として当然の責務であるから、右の態度は甚だしく怠漫にして不親切な態度と評さねばならないがその点は暫く措き、六月六日午後被告医師の診察した際の症状から観ても「ガスエソ」の疑は相当濃厚なものがあつたのであるから、被告医師自らも入念に検鏡検査を為し、レントゲンで検診する等診断の確立に努めたならば、恐らく「ガスエソ菌」を検出し得たものと推測される。そして又被告医師は右症状に対し切開の上僅々十万単位の「ペニシリン」を注射したのみであるから対症療法としても不十分であると謂わねばならない。此の点について被告医師は本人訊問の際病院の取扱いとして健康保険による「ペニシリン」の使用は或程度制限せられている旨述べているけれども、かような事実は右処置を正当化する理由とならない。仮に「ペニシリン」の使用が制限せられているとしても患者はさようなことは知らず、生命身体のすべてを医師に托して診療行為を委任しているのであるから、若し症状にして制限以上の「ペニシリン」を必要とするときはその旨を患者に告げ自弁の有無を確かめるべきで、そのことなくして医師が患者の知らない左様な事実を理由に一方的に必要な処置を差控えるが如きは強く非難せらるべきである。もし被告医師において「ペニシリン」を多量に注射する等原告の病勢を最少限度に止めるための適当な療法を施したならば「ガスエソ菌」の上昇も或程度阻止し得たものと考えられる。次に六月七日の処置について観るに被告医師は同日午前七時過頃山口看護婦から発赤の進行は緩慢ではあるが赤チンキの線を超えた旨の報告を受けたのであるから、病院に出勤後直ちにその進行状態その他の病状をつぶさに診察し、これに適応する適切な療法を講じもし再切断を免れ得ないものとすれば時期を失せず、再切断の処置を採るべきであつたにかゝわらず被告医師はこれを怠り、自ら診察することなく何処かえ出向いて原告を顧みなかつたこと、前認定の通りであり、そしてもし右赤チンキの線を超えた直後再切断の措置をとつたとすれば、その切断部位は大腿下位三分の一位であつたこと被告医師の自供するところである。
以上認定の諸事実を綜合して考察するにもし被告医師に上記の注意義務違反の過失行為がなかつたとすれば、原告は現在の如く右脚を高位から失うことなく少くとも大腿下位三分の一以下を喪うことにより被害を喰い止め得たものと認めるを相当とするから、結局原告が大腿下位三分の一以上第二切断部位までの右脚部分を喪失し、身体の侵害を受けたことは被告医師の上記作為義務に違反した不法行為の結果であつて、その間相当な因果関係をもつものと謂はなければならない。尤もその間原告が被告の病院から国立舞鶴病院に転院したことによる時間の経過と病勢の或程度の進行を考えなければならないけれども、原告の右転院行為は上記認定の如き被告医師の診療経過に鑑み、誠にやむを得ない自衛措置と謂うべきであるから右の行為は被告医師の責任を中断若しくは減軽する事由とならない。
以上判断の通りであるから被告医師は右に認定した範囲即ち再切断の部位が大腿高位となつたことに原因してその結果生じた原告の損害について賠償の責任があるといわなければならない。よつて進んで右によつて原告の蒙つた損害について考えて見るに、原告が現在労働能力の皆無なことは前記鑑定の結果によつて明瞭であるけれども、原告が右に認定した大腿下位三分の一附近からの再切断にもかゝわらず、なお幾何かの労働能力があつたとすれば、それは正しく爾後その能力に相応した労働によつて得べかりし賃金所得を全く喪失したものであつて、ここに所謂損害があるというべきであるが、右鑑定の結果に鑑みれば右部位からの切断は膝関節を失う結果、仮令義足に能動膝関節を附するも活動機能が著しく阻害せられ、作業至難なことが認められるので、格段の反証のない限り、賃金所得の対象となる労働の能力は当時これを喪失したものと断ぜざるを得ない。従つて第二の切断の有無にかゝわらず原告は既に労働による所得は考えられないのであつて、要すれば被告医師の不法行為によつて発生した原告の得べかりし賃金を喪失したという損害はない。この点に関連する原告の主張は上来説明するところによつて、その不当なこと多言を要しないであろう。更にしかしながら前記鑑定の結果によれば、大腿部高位切断では活動機能に必要な大腿挺子力が著しく薄弱となるか殆ど皆無となり活動機能が著しく劣悪となるに反し、下位三分の一位で切断した場合は大腿部切断としては最も活動機能に適していることが窺れるから、もし下位三分の一位で切断せられていたとすれば少くとも日常の活動には左程の不便不自由を感じないものと解すべきであるが、高位切断を受けた現在では日常の活動すら殆ど意に任せず、その不便と苦痛は常人の想像し得ざるものと謂うべく、原告はそのため精神上深刻な苦痛を味合つたこと論を俟たないところであるから、かように三分の一位の切断に比して加重せられた精神上の損害は結局被告医師の上記不法行為に原因する損害であるから、被告医師はこれを賠償する責任があると謂わねばならない。
そして又被告医師は被告舞鶴市の経営する舞鶴市民病院の外科医長としてその業務の執行である本件診療行為に従事したものであることは当事者双方に争いがないから、被告舞鶴市も亦被告医師の使用者として右不法行為によつて生じた損害を賠償すべき責を免れない。此の点について被告舞鶴市は被告医師の選任及びその行う事業の監督につき相当の注意をしたから右損害を賠償する責任がない旨主張するが、全証拠によつても、同被告が被告医師の選任及びその行う診療一般の監督について相当の注意をした事実は未だこれを肯認し難いので右主張は排斥を免れない。そこで次にその数額であるが、その内容自体から真正に成立したと認められる甲第一、二号各証同第四号証の一、三、七及び成立に争いのない甲第四号証の四、六の各記載によれば、原告は大正五年十二月頃京都府加佐郡余部町雲門寺の長浜惣代であり、同八年二月同町役場に書記として勤務し、その後明治大学自治科に学び社会政策学院を修業し又大阪市役所社会部少年職業相談所に勤務したこと、及び原告は宅地田畑七反九畝八歩山林六反六畝四歩を所有していたが、元海軍用地として買收せられたことが認められ、又原告は昭和十八年五月以来有限会社和田造船所の雑役工として勤続し本件事故の当時五十七才であつて、右会社から日給平均金百六十二円四十四銭の支給を受けていたこと及び原告は右事故によつて災害補償金十四万九千四百四十四円八十銭を受領したことは、いづれも当事者間に争いがなく、更に原告本人尋問の結果によれば、その長男は農科大学を卒業して農林省に、二男は福知山高等商業学校を卒業後農林省所轄東舞鶴の事務所に各勤務するものであることが認められるので、以上の諸事実から窺われる原告の教養、信用地位、財産等に現下の経済状勢を加味し、翻つて切断下肢の活動機能に関する前記鑑定の結果、その他一切の事情を顧慮すれば、右の額は金十五万円を以て適正なものと判定する。
なお既に明かなように原告が昭和二十四年六月八日午前一、二時頃国立病院え転院したことは本件被告等の賠償額を定めるについて斟酌すべき事柄ではない。
最後に被告等は本件事故については原告において既に労働者災害補償保険法による第四級の災害補償金として、金十四万九千四百四十四円八十銭を受領したから最早損害なく、本件請求権は消滅したと主張するが、右は同法に規定する障害補償であつて、この補償はその別表に定める各等級の身体障害の事項を通覧すれば、原則として労働能力を喪失したことに対してするのであるが、例外として精神的苦痛に関しても補償するものであると解せられるところ、その第四級の障害事項はいづれも労働能力喪失の程度を掲げたものゝみである点から、又成立に争いのない甲第七号証の記載から、本件原告に為された前記補償は精神的苦痛はこれを含まないと判定するのが相当である。よつて被告の右主張は到底採用に値しない。
以上の理由により、原因の本訴請求中金十五万円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和二十五年一月七日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払を求める部分は正当としてこれを認容し、爾余の部分は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条、第九十三条仮執行の宣言につき同法第百九十六条を各適用し、なお右仮執行の免脱を宣言する要なきものと認めて主文の通り判決する。
(裁判官 佐々木二雄 原田久太郎 坪倉一郎)